• 大垣市にある高校生専門の学習塾です。

ラグビーに詳しい方でも、そうでない方でも、一度は名前を聞いたことがあるかもしれません。高校ラグビー界の名指導者として知られる山口良治さんが亡くなられました。

 

1970年代、京都の(旧)伏見工業高校に赴任した山口先生は、元ラグビー日本代表でした。
「元日本代表の先生が顧問になる」ということで、生徒たちから盛大な歓迎を受けるものと思っていたそうです。

 

しかし、歓迎に来る生徒は一人もいませんでした。
当時の伏見工業高校は、府内でも有数の荒れた学校でした。
ラグビー部も名ばかりで、下級生をしごくことばかりが目立つ部活動だったそうです。

 

そんな中、山口先生はラグビー部を強くし、生徒たちに誇りを持ってほしいと考えていました。
ところが当の生徒たちはほとんど練習に来ず、喫茶店に入り浸ったり、夜通しマージャンをしたりと、ラグビーに真剣に取り組もうとはしませんでした。

 

山口先生が赴任して2年目。
伏見工業高校は京都府内の名門・花園高校との公式戦を迎えます。
しかし、その試合で伏見工業高校は112対0という圧倒的な大差で敗れました。

 

試合中、山口先生は当初、
「自分の言うことを聞かないから、こうなるんだ」
と生徒たちに対して思っていました。

 

しかし次第に、
「自分は生徒たちに偉そうなことばかり言って、本当に向き合えていただろうか」
と考えるようになります。

 

初めて矢印が生徒ではなく、自分自身に向けられた瞬間でした。
試合後、生徒たちは先生に厳しく叱られるものと思っていました。
ところが山口先生がかけた言葉は、
「悔しかったやろうな」。

 

意外にも優しいその一言に、生徒たちは言葉を失います。
すると、生徒の中でも特に荒れていた一人が、泣きじゃくりながらその場にひざまずき、

「悔しい」

と口にします。
この「悔しい」の一言が、伏見工業高校ラグビー部が変わるきっかけとなりました。

 

以上は、私が昔見たNHKの番組『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』で紹介されていた内容の一部です。

 

そこから伏見工業高校は大きく変わります。
翌年には、前年に112対0で敗れた花園高校を破り、全国大会に出場するほどの強豪校へと成長しました。
その後は全国制覇も果たし、山口先生の教え子からは数多くの日本代表選手が誕生します。

 

特に有名な方の一人が、元ラグビー日本代表の平尾誠二さんです。
平尾さんはすでに亡くなられていますが、高校の英語の教科書にも掲載されるほど、日本ラグビー界を代表する人物でした。

 

山口先生の功績は、単にラグビー部を強くしたことだけではありません。
生徒たちと真正面から向き合い、多くの人材を育て、その教えを後世へ残したことにあると思います。

 

一人の教員の訃報がテレビのニュース速報で報じられるというのは極めて珍しいことです。
今後、そのような方はなかなか現れないのではないかと感じます。

 

実はこの『プロジェクトX』のDVDを持っています。

 

先日、数年ぶりに見返していたところの訃報だったので驚きました。
せっかくなのでもう一度見返してみようと思います。