前のことになりますが、三重県鈴鹿市にある大黒屋光太夫記念館へ行ってきました。
大黒屋光太夫記念館とは、
「大黒屋光太夫は、ロシアに漂流し、ロシアを経験してはじめて帰ってきた日本人です。そのため、多くの政治家や学者に注目され、たくさんの本が作られて、蘭学の発展に貢献しました。大黒屋光太夫記念館は、江戸時代に例外的な海外体験をし、その情報を日本にもたらした大黒屋光太夫を紹介する場として、平成17年に開館しました。」
引用:鈴鹿市ホームページ
鈴鹿市ホームページ「大黒屋光太夫記念館」https://www.city.suzuka.lg.jp/shisei/shisetsu/1004346/1010132/1014837/1014838.html
せっかくお隣の三重県に記念館があるなら、ということで早速足を運びました。
記念館は、鈴鹿市の中でも、椿大神社や新名神自動車道が通る山側ではなく、海側に位置しています。
しかも入館料は無料。
大黒屋光太夫が現在の鈴鹿市出身ということもあり、この地に記念館が建てられています。
展示では、彼の生涯が非常に詳しく紹介されていました。
18世紀後半、彼は漂流の末にロシア人と出会います。
その後、ロシア語を習得し、ロシアへ渡ることになります。
その過程で、ロシア使節として知られるラクスマンとも出会います。
そのため、日本史の共通テスト形式の模試などでも、「ラクスマン」と「大黒屋光太夫」のつながりを知っていると、選択肢の正誤判断がしやすい問題を、僕自身これまで何度か見てきました。
さらに彼は日本への帰国を願い出て、当時のロシア皇帝であるエカチェリーナ2世に謁見します。
一人の漂流した日本人が、当時の皇帝に直接会うことができたというのは、現代の感覚ではなかなか想像しにくい出来事です。
そして帰国を果たした後も、彼の人生は非常に特異でした。
なんと、時の将軍である徳川家斉にも拝謁しているのです。
ロシア事情に詳しい大黒屋光太夫の存在は、鎖国下の日本において極めて貴重だったのでしょう。
展示では、こうした彼の波乱に満ちた人生が丁寧に紹介されていました。
こうして可能な限り、歴史にゆかりのある場所や記念館へ実際に足を運び、自分自身の知識を深め、それを生徒たちにも伝えていけたらと思います。